A社は、賃貸仲介と売買を扱う不動産会社です。物件情報の入力はできているのに、募集文の作成やポータル掲載用の言い回し調整に時間がかかり、担当者によって文章の質とトーンがばらつく。さらに、反響が増えるタイミングほど返信が遅れ、せっかくの見込み客を逃してしまう。初回のヒアリングで私が強く感じたのは、A社の課題は「AIを入れていないこと」ではなく、「文章と対応が属人化したまま、スピード勝負の土俵に立っていること」でした。
そこで私は、A社の業務をいきなり置き換えるのではなく、すでに使い慣れている運用の“流れ”だけを整える方針にしました。中心に据えたのはスプレッドシートです。物件の基本項目、周辺環境、設備、推しポイント、注意点といった入力欄を整理し、入力が終わった瞬間に募集文の下書きが自動生成される状態を作りました。文章は「ポータル向けの短文」「自社サイト向けの少し丁寧な文」「問い合わせが来やすい訴求強め」のように用途別に出し分け、A社がこれまで培ってきた言い回しをベースに“らしさ”が出るように調整しています。ここで重要だったのは、単にうまい文章を作ることではなく、誰が生成しても同じ品質の下書きが出るように、言葉の基準を社内で共有できる形にしたことです。
もう一つの起点は反響対応です。A社は問い合わせがメール、フォーム、ポータル経由でバラバラに届き、優先順位が崩れがちでした。私は受信箱を増やしたり新しいツールを入れたりせず、Gmailのラベル運用とスプレッドシートの集約を軸に「要約」「優先度の目安」「返信骨子の下書き」までを半自動でつなぎました。例えば、内見希望、初期費用確認、入居時期相談、ペット可否などの典型パターンは、必要確認事項が漏れないように質問項目を固定しつつ、文面は硬すぎない丁寧さに寄せる。逆に、条件交渉や契約条項に触れる可能性がある内容は、必ず人の判断が入るように“注意”扱いに倒す。ここを最初に決め切ったことで、現場が安心して使える状態になりました。
導入の進め方も、A社の負担が増えないように組みました。初動は、まず一部の担当者だけで回し、テンプレートと言い回しの辞書を短期間で整える。そのうえで、2時間のミニ研修形式で、実際の物件データと実際の反響メールを使いながら、入力のコツ、確認すべきポイント、最終チェックの基準を揃えました。私としては、ここで「AIの使い方」を教えるよりも、「社内の判断基準を言語化して、誰でも同じ品質に寄せられる運用にする」ことが本丸だと考えています。
運用が回り始めると、A社の変化は分かりやすく出ました。物件入力から掲載用文章が整うまでの時間が大幅に短くなり、掲載の初動スピードが上がる。反響が来たときも、返信の型が揃っているので、担当者が一から文章を組み立てる時間が減る。結果として、対応の抜け漏れや返信待ちの滞留が目に見えて減っていきました。特に印象的だったのは、ベテランの担当者ほど「文章を考える時間」ではなく「判断と提案に使う時間」が増えたことです。作業が楽になった、というより、同じ時間でも顧客に向き合う比率が上がった。これは営業成果に直結します。
情報の扱いについては、最初から線を引きました。個人情報が含まれる可能性がある箇所は、入力段階で扱いを分け、モデルに渡す情報は必要最小限にする。社内のルールや表現の基準は、外部に漏れない形でテンプレとして管理する。AIの出力は下書きであり、最終送信は必ず担当者が確定する。この前提を崩さないことで、A社はスピードと安心感を両立できました。
私の所見を少しだけ述べると、不動産会社のAI活用で成果が出るかどうかは、生成の巧さではなく「入力が整っているか」と「判断の基準が揃っているか」で決まります。A社は、ここを先に整えたから強かった。AIを単なる道具にせず、日々の業務の流れに“静かに”組み込んだことで、現場が継続して使える状態になりました。
もし、あなたの会社でも「募集文が遅い」「文章が担当者次第」「反響返信が詰まる」という症状があるなら、最初にやるべきことは大改革ではありません。いま詰まっている“一箇所”を特定し、そこにだけ半自動の通路を作ることです。私は90分でその詰まりを一緒にほどき、翌日から使える形に落とします。相談ベースで構いません。現状を少し聞かせてください。
