B社は、賃貸の原状回復と小規模リフォームをメインにする会社だ。月間の退去立会は40〜50件、繁忙期には一日で7件の見積を同時に抱えることもある。これまでは、現場監督がスマホで撮った写真をPCに取り込み、フォルダ整理をしてからメモを思い出しつつ見積を起こす──この一連に約2時間。しかも見積の説得力を高めるための“ビフォー写真添付+軽い提案文”まで作ると、さらに30分はかかっていた。初回の90分スポット相談で業務の流れを分解してみると、実は「写真整理」「数量拾いの下準備」「提案文の型起こし」がボトルネックになっていることがはっきりした。
私はB社の既存運用を崩さず、Googleドライブとスプレッドシート、GAS、GPTをつなぐ“半自動の通路”を作った。まず、退去ごとに「物件コード_部屋番号_退去日」の命名規則で写真フォルダを自動生成し、スマホから放り込むだけで「天壁床/建具/水回り/その他」のサブフォルダに振り分ける。次に、写真のファイル名と簡単な一言メモを読み取り、スプレッドシートの行に「部位」「症状」「想定作業」「材料候補」を並べる。ここでGPTが“たたき台”の数量拾いを行い、クロスm数や巾木m、CF㎡、コーキングmなどを推定。人が微調整すべき箇所はハイライト表示にして、監督が数字を上書きすれば単価表と連動して概算が出る仕掛けだ。あわせて、写真と拾い出し表から、施主・管理会社向けの提案文のドラフトも同時に生成する。「汚損理由の推定」「原状回復基準との整合」「代替案(張替/部分補修)の長短」といった要素は、B社の表現ルールを辞書化して“言い回しの品質”をそろえた。
運用初週から手応えは明確だった。見積作成は平均2時間から25分まで短縮。フォルダ整理に費やしていた時間はゼロになり、数量拾いの“漏れ”は導入前週比で38%減少した。たとえば、以前は見落としがちな「巾木の部分交換」「キッチンパネルのコーキング打ち替え」などの軽工事がドラフト段階で候補に上がるため、追加の再見積や手戻りが大幅に減った。スピードが上がったことで、退去立会当日の夕方までに“写真付きの説得力ある見積たたき台”を先方へ送れるようになり、受注率は3か月平均で12ポイント改善。粗利も2.1ポイント上がった。現場の声としては、「文章のトーンが整ったので説明がしやすい」「判断に迷う案件が“要注意”に振り分けられるので安心して送れる」という反応が多かった。
品質と安全面は最初から線引きをした。住所や氏名はスクリプト側で伏字化し、モデル学習への提供はオフ。費用負担や契約条項に触れる表現は必ず“要注意”に倒して人の確認を必須にした。私は初期の2週間、1日1回の短いレビューで辞書とプロンプトを微修正し、B社らしい言い回しと単価表の例外ルールを固めた。結果として、監督が現場で判断に使う“芯”はそのままに、整える・並べる・書き出すの機械が担当する体制に置き換わった感覚だ。
私の所見を短く添えると、B社が成功した鍵は三つある。写真とメモという“現場の一次情報”を仕事の起点に据え直したこと、ゼロ移行ではなく既存のドライブ運用に寄り添ったこと、そしてAIの出力を「下書き」に限定し最終決定は人が握る設計に徹したこと。実装は私の「現場写真→進捗レポート要約スターター」を土台に、見積ドラフトと提案書テンプレを追加する形で、要件確定から7営業日で初期稼働、2週で定着ラインに乗せられた。
もしあなたの会社でも、見積が翌日回しになったり、写真整理と文面づくりで夕方を越えてしまうなら、最初の入り口は同じで十分だ。90分のスポットで“いま困っている一箇所”を特定し、翌週には自社流のドラフトが出る状態を一緒に作る。大きなシステムを替えなくても、現場はもっと軽く、速く、丁寧に回せる。まずは一件分から試してみてほしい。